スレたバス

  スレるとは、「擦れ」なのだろうか「磨れ」なのだろうか。

  布地が擦れて色が褪せるように、経験を積んで甘さを擦り取られて老獪になったバス、という意味なら「擦れ」。宝石が磨かれて輝く様に、度重なるアングラーとの攻防に磨かれて賢くなったバス、という意味なら「磨れ」であろう。よく分からん。よってここではファジーにカタカナで「スレ」とする。

  スレたバス、というのがいる。

一般的には、バスがいる事が分かっているような野池で、どんなルアーを投げても反応が無かったりすると「ここのバスはスレている」などと言う。また、見えバスがどんなルアーをも冷然と無視したりしやがると「あのバスはスレてて釣れない」などと言う。要するに、多数のアングラーの猛攻に連日晒されたがために、ルアーを見慣れてしまいルアーを見切るようになったバス、というような意味合いで使われるようである。

  バスがルアーを見切るということは、ある。確かにある。クリアウォーターエリアで見えバスに対して同じルアーを何度も投げれば、終いにはバスは反応してくれなくなるのが分かる。また、バスというのは一度フックアップされたルアーには二度と食いつかないという説もある。連日多数のアングラーがさまざまな種類のルアーを投入するハイプレッシャーフィールドで、バスがルアーを見切る事がある事は十分考えられる。

  ただし、これはある程度年数を生きたバスでの話である。

  よく「ここはスレてるから、子バッチも釣れねーよ」などという言葉を耳にする。これは、前述のスレるとはやや意味合いが違う気がする。バスは比較的成長が早く、環境にもよるが3年ほどで体長30cm以上の成魚となるようである。つまり、体長が25cm未満というような子バッチは、3歳以下のお魚ということになる。たった、3年。しかもバス釣りシーズンは大体3月から11月までの8ヶ月であるから、8×3=24ヶ月、実質2年しかルアーを見ていない訳である。2歳の赤ん坊を想像してみると良い。子バッチがルアーを見切るというのはどうも考え難いのである。

  しかし、現実に「スレた」子バッチというのがいる訳である。ルアーを投げても無視するような憎たらしい子バッチ。まさか親バスがルアーを絵に描いて英才教育を施したという訳でもあるまいと思うのだが。そういう天才子バッチがいるフィールドというのは、やはりハイプレッシャーフィールドである事が多い。ここに謎を解く鍵がある。

  結論から言えば、このような天才子バッチが「スレ」ているのは、ルアーではなく人間に対してであると思われる。岸際でガサガサ歩いたり、しゃべったりする音や気配。これならば人間であればどれも同じ様な音を出す訳であるから、数百に及ぶルアーを覚えるよりも遥かに簡単である。更に、2歳の赤ん坊だって家族と他人の気配を見分けるくらいであるから、バスにだってアングラーとそれ以外の人間の気配を見分ける事くらいは造作も無い事であろう。

  天才子バッチはアングラーの気配を察知して警戒体勢をとっていた訳である。アングラーを警戒しているようなバスは容易にルアーに食いつかない。その様に用心深く生活し、その間にルアーライブラリーを増やして行き、終いには本物のスレバスになってしまうのであろう。

  天才子バッチを釣るにはまず気配を消す事である。抜き足差し足、匍匐前進、木化け石化け、薮の向こうからキャストなどで、バスに気付かれない内にルアーを投入すると、この手の天才子バッチは案外簡単に釣れるものである。この際、ルアーの着水音やロッドの風切り音なども小さくすることがより望ましい。

また、ハイプレッシャーフィールドではツネキチの一点シェイクが有効だと言われるが、これにも理由がある。つまり、この手の釣りであれば人間はあまり動かないで済むのである。要するに人間反応が出ないのだ。同じ場所に立って、ひたすら同じ場所にツネキチを投げ込み、シェイクする。この一見へたくそか初心者じみた釣りが実はハイプレッシャーフィールドの天才子バッチ攻略法なのである。バスからなるべく見えない様に座り込んでいれば更に良い。まるでへら釣りである。

さて、天才君ではなく、本物のスレバス。老獪な悪代官か年増の売春婦のような、煮ても焼いても食えないような激スレバスを釣るにはどうしたら良いのか。

…はっきり言って知らん。知ってたら俺が釣ってるっちゅーねん!というか、きっとそんな方法は無いと思う。ただし、一つ言える事は、激スレバスも餌は食っている筈である。人間もそうだが、空腹時は石ころだって饅頭に見えたりするものである。よって冬眠明けなどバスが空腹なタイミングを狙った方が釣り易いと思う。後は夜討ち朝駆け、バスが油断しているタイミングを計って勝負するしかないのではないか。

えらく投げやりな結論だが、アングラーなら誰しも激スレバスにいじめられて泣きながら家に帰った経験がある筈である。であれば、警戒警報発令中の激スレバスを釣るのはほとんど不可能に近いことがお分かり頂けると思う。

もっとも、そういうフィールドで沖に向かってバイブレーションとかを投げたら、どかーんとでかい奴が釣れてしまったりする事もある。そういう事があると、激スレバスを釣るために必要なのは、何よりも諦めない根性なのではないかと、思ったりもする。




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