ルアーの歴史についての妄想
ルアーの起源は、湖に落した銀匙(スプーン)にトラウトが食いついたのを見て発想されたスプーンだ、という伝説がある。如何にもありそうな話であるが、恐らくは後世の創作であろうという。
つまり、そもそも食事に使うスプーンによく似たスプーンというルアーがあり、その起源を説明するために伝説が創作されたのだというのである。
実際にはスプーンはどのようにして開発されたのであろうか。資料が無いのでここからは僕の妄想である。
もしも、ルアーがベイトフィッシュをそのままコピーしようとした物であるならば、形は当然ミノー(小魚)形状になる筈である。僕が源初のルアー製作者であるならば、必ず形はミノー形状にするだろう。一番初めのルアーは必ずその様な形であったと信じる。素材は、当時のリールの性能(ダイレクトリール)から言って当然金属。木で作ったなら大きさが大きくなり過ぎるからである。
金属で作った小魚。今で言うメタルジグが源初のルアーであったに違いない。しかしこれでは超ファストリトリーブしか出来ない。もう少しゆっくり沈むようにし、スローに引く事が出来ないか?それがスプーン開発の出発点であったと思われる。
メタルジグとスプーンの違いを考えれば、スプーンの発明者がその製作に当たって何を考えたのかが分かる。まず、スプーンはメタルジグに比べて薄く、水受け面積が広い為に沈降速度が遅い。最初のステップはメタルジグの形状を薄べったくすることであっただろう。これなら比較的ルアーをゆっくりリーリングする事が出来る。
薄い金属板を引いてみると、水流を受けて金属板が動く。この場合重要だったのはフラッシングである。金属板が動く度に不規則に明滅する。それが対象魚に対する有効なアピールである事に気が付けば後一歩である。後は、より多く水流を受け、フラッシングを起すように金属板を曲げる。こうしてスプーンが開発されたと考えられる。
このように、小魚を参考にスタートしたにも関わらず、スプーンは結局まったく小魚に似ていない物に出来上がってしまった。このためその起源の説明に、冒頭のような伝説を必要としたのであろう。
小魚を模した筈のスプーンは、魚にアピールする為に逆に小魚の形状から離れていった。この過程で、小魚に似ていなくても魚の本能を刺激するが出来れば立派にルアー足り得るのだという事に、ルアー開発者達は気が付いた筈である。ここからスピナーのような更にベイトフィッシュに似ていないルアーが発明されたのだと思われる。
もう一つご紹介したいのがバスプラグの起源である。
1890年代、友人と待ち合わせをしていたジェームス・ヘドンは暇に任せて木切れをナイフで削っていた。そしてその木切れを湖に向かって投げ込んだのである。
すると一匹のバスが飛び出し、木切れを咥えて水中へと消えた。これにインスピレーションを得たヘドンがトップウォータープラグを作り始めた、というのが、バスプラグの最初だという。
そもそも、トップウォータールアーの起源はドライフライである。これの発展系でいわゆるポッパー・フライは当時既に存在した。当然、バスがトップに出る事は知られていたであろう。しかし、この時ヘドンが気が付いたのは、バスがトップに出る事ではなく、バスが何の変哲も無い木切れに食いついてしまうような場合がある、ということだったのだ。リアクションバイトの発見である。
つまり、スプーンとは逆にバスの習性を利用する事からスタートしたルアーだという事になる。一見、スプーンよりプラグの方がベイトフィッシュを模したルアーに見えるのに、スタート地点は反対であったというのが面白い。
もう一つ、クランクベイトプラグの歴史を追ってみよう。1970年代、フレッド・ヤングというアングラーが「小魚の動きを出せるルアー」を作ろうと考えた。恐らくはラパラのミノーなどを参考に試作を繰り返し、バルサ製のクランクベイト「ビッグO」を完成させた。
このルアーは、小魚の動きに似たピッチの細かいウォブリングアクションを出そうと試みたルアーである。しかしながらその形状は、ファットでビッグ。とても小魚に見えない物であった。これはフレッド・ヤングがアクションを何より優先してビッグOを制作した事を示している。
更に、本来中層ただ巻きを想定して開発された筈のクランクベイトを、アメリカのトーナメントプロ達はウッドカバーに絡めて使いだした。高い浮力と大きなリップが高い障害物回避能力を生み、これまでスピナーベイトかワーム、ジグなどでしか攻める事が出来なかったスタンプ、レイダウンなどを効率良く攻める事が出来たからである。その使い方が絶大な釣果を叩き出したがために、クランクベイトはあっという間に一つのジャンルとして確立した。ちなみにクランクベイトとは、ビッグOの事を秘密にしたかったプロ達が「何で釣ったんだい?」と聞かれた時に、はぐらかす意味で「巻く(クランク)奴だよ」と答えた事が語源になっているらしい。
フレッド・ヤングは恐らく、ビッグOをウッドカバーに絡めて使う事など考えもしなかったであろう。なぜならその様な発想はやはりトーナメントを戦うプロアングラーでなければ考え付かないであろうと思えるからだ(ヤングはアマチュアアングラーで、しかも当時、下半身不随だった)。つまり、設計者の思惑を超えた使用法の広がりを見せた訳である。
優れたルアーがアングラーの創造力を刺激し、新しい釣法を生み出す原動力になる。すると今度は逆にその釣法により適したルアーが開発される。この相乗効果がルアーフィッシングをここまで進化させて来たのである。クランクベイトの歴史はその好例であろう。
ルアーの歴史は、ルアーを「餌を模した人工物」から脱却させるための歴史であった様に思えてならない。なぜなら優れたルアーは、ベイトフィッシュにも無い、魚を強く引き付ける独特な魅力を持っているものだからである。その独特な魅力の発見と表現の歴史がルアーの歴史そのものだと言えるのではないだろうか。