「メガバスありませんか?」

  むかーしむかし、世の中にメガバス製品が出回らず、人々がメガバス製品を血眼になって捜し求めた時代があったそうな…。

  …いや、そう遠いむかしでもない。一昨年あたりは確かにそうだった。釣具屋にメガバスルアーが並べばそれが地元の野池では使い様が無いライブXリバイアサンでも、速攻買われて行ったものだった。

  釣具屋では売り惜しみが横行し、抱き合わせ、プレミア価格、○○円お買い上げ以上へのみ販売など、「おいおい、たかが釣り具じゃねぇか」と言いたくなるような販売方法を取る釣具屋も多かった。というより、ほとんどがそうだった。前の日に「うちは抱き合わせはやらん」とえばっていた店に行ってみたら、しっかり抱き合わせになっていた事もあった。買う方もそれが当たり前になっていて、程度のいい抱き合わせならむしろ喜んだものである。

  僕はある時ディープX200の素晴らしさに触れてから(「初めてのメガバス」参照)メガバス製プラグを色々購入してみた。すると、そのどれもが非常に素晴らしい釣果を獲得してくれたのである。それで「こりゃぁ、一通り全部使ってみようじゃないか」と、当時のメガバスプラグ(最新型がグリフォンゼロだった)コンプリートを目指し始めたのであった。

  ところがこれが、洒落にならんほど困難だった。

  当時、何しろメガバス製のプラグは「本当に発売してんのかよ?」といいたくなるくらい売っていなかった。今思えばメガバスブーム最後の頃である。とにかくVフラットですら売っていなかった。売っていても抱き合わせ、お買い上げ商法だ。僕は経済的な問題で、出来れば抱き合わせでは買いたくなかった。

  ここで僕は考えた。町中のよく知られた釣具屋では、最早100%定価では買えん。しかし、もしかしたらど田舎の小さな釣具屋では良心的なおばちゃん(なぜかおばちゃん)がいて定価で売ってくれるかも知れん。幸いここはど田舎栃木県。そういう釣具屋が見つかる可能性も高い…。

  そこで僕はオフシーズンの会社帰りを「メガバスルアー発掘探検」に当てる事にした。まずは電話帳の釣具店のページをコピー。住所を元に地図に大体の目印を付け、探検に出発したのであった。季節は冬。会社帰りは既に真っ暗だった。

  結果から言えば、この目論見は成功であった。案の定、メガバスブームなどとは無縁のおばちゃん(やっぱりおばちゃん)が「問屋が置いてっちまうから仕方なく」メガバスルアーを扱っているというような釣具屋が見つかったのである。当然定価販売。それどころか、先月から残っていた奴は「3割引でいいよ」などといわれる始末。おばちゃんの顔が仏様に見えたものである。

  もっとも、いい事ばかりでは無かった。釣り具屋の中には非常に見つかり難い店も少なくなかった。道に迷って山中の林道に迷い込んで泣きそうになった事もある。やっと見付けた山奥にあるような釣具屋を探し当てたら、しっかり抱き合わせだった事もある。メガバスどころかルアーそのものを扱っていない釣具屋も多かった。そういう店で「メガバス」なんて言っても怪訝な顔をされるだけである。

  「メガバスありませんか?」と聞くと、あからさまに冷たくなるおっちゃん、おばちゃんもいた。なんでも、メガバス目当ての客は店に入ってきてもうんともすんとも言わず、棚にルアーが無ければ回れ右して帰ってしまうことも多いのだという。そうかと思えば入荷日をしつこく問い詰めたりする客もいたとの事。有り体に言って「メガバスルアーしか買って行かない」メガバス探索家は嫌われていた。

  僕の経験上、棚にルアーがほとんど置いていない釣り具屋でも、おっちゃんおばちゃんに「メガバスありませんか?」と尋ねると奥からごっそり登場する事も多かった。おっちゃんと長話をした挙句、抱き合わせ品を持って行ったら、メガバスルアー2つの「抱き合わせ」にしてくれた事もある。やはり店の人と仲良く成る事は重要なのだ。まず、挨拶、そして「メガバスありませんか」は基本である。

  こうして僕は当時の全メガバスルアーを手に入れる事が出来た。今思えばなぜにあんな苦労をしてまで釣り具を買わにゃならなかったのかと思わなくも無いが、当時の僕は宝捜しに似たこの探検を楽しんでもいたのである。「メガバスルアー探索リアルRPG」という訳だ。レア物(現行発売品にレアもへったくれもないものだが)を定価で手に入れるとそれはもう40UPが釣れるよりも嬉しかったものである。

  中でも白眉はグリフォンゼロを最初に手に入れた時の顛末である。

  とある釣具屋では毎月第何水曜日だかが「メガバス販売日」であった。僕はその情報を掴み、店の人に時間を確認すると、なんと会社を早引けして開始1時間前に釣具屋に到着したのである。断然の一番乗りだった。

  そのままおっちゃんとしゃべりながら時間を待つ。すると数人のメガバス探索家たちが集まってきた。やがて時間になり、おっちゃんが奥からもったいぶってメガバスルアーを出してくる。するとそこに、当時幻だったグリフォンゼロがあったのである!一番乗りした僕には最初に買うものを選択する権利があった。当然、僕はグリフォンゼロを手に取る。後ろに並んだ連中が悔しがったのは言うまでもない。あれは素晴らしく気持ちが良かった。しかも、その時買ったグリフォンゼロが04年に60匹の釣果を叩き出したモスラCBである。買った時もその後も、あれほど満足出来た買い物は近年無い。

  最近ではメガバスルアーのレア度も薄れ、中古でもそこそこ買える為、モデルによっては定価ですら買わないものも出てきた。個人的にもメガバスルアーへの執着が薄れてしまい、ニューモデルを八方手を尽くしてでも欲しいとさえ思わなくなった。

  しかし、寒い店内で入荷してくる筈のメガバスルアーを待ちながら同好のアングラーとメガバスルアーについて語り合ったり、抱き合わせを解除してもらおうとおっちゃんと駆け引きを繰り広げたりしたことを、今では懐かしく思い出す事もある。




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