秘密

  アングラーならば誰しも自分だけのシークレットポイントやシークレットリグを持っているものだ。

  例えば、40UPが連発する野池であり、爆釣ワームであり、デカバスが必ずついている倒木であったりする。それは、アングラー本人と親しい友人数人だけが知る貴重な情報である。場合によったら親友にも容易に教えないような重大機密である場合もある。

  もっとも、アングラーほど機密保持に向かない人種もいない。アングラーは自分の釣果を人に自慢したくてたまらないと言う人種である。例えば、50UPが釣れてしまったりすればそれを人に話さないアングラーなどいる筈が無い。そうなれば必然的に「どこでどのように、どんなリグで釣ったか」を話さない訳には行かなくなる。秘密にしていたら話しても信じてもらえないからである。

  もちろん、人に話す時は「秘密だよ!」と念押ししてから話す訳であるが、それを10人にも繰り替えせばもはや秘密は保持出来ないと思った方が良い。例えうまく秘密が守られても、秘密だった筈のポイントを仲間内のアングラーが埋め尽くすような事態が起これば、それはもはやシークレットポイントだとは言えない。

  僕などは釣行記など書いているのだからシークレットなポイントなど持ちようが無い。勿論画像を加工するなどして、出来るだけシークレットにしようと心掛けてはいるのだが、分かる人には分かってしまうであろう。ただ、管理釣り場以外のフィールドは原則非公開にしている。これは、地元住民の方々に迷惑が掛かるのを恐れるからである。ご了承頂きたい。

  アメリカのトーナメントプロアングラーの間では本気でシークレットルアーというものが存在するらしい。それは、古いクランクベイトであったり、ワームであったりする。ダウンショットリグやワッキーリグも一時はそうであった。アメリカのバストーナメントの賞金額は日本のそれよりも遥かに高い。財布に直結する「釣れるルアー」への高い執着がその様なシークレットルアーを生み出すのであろう。

  アマチュアである我々一般アングラーにもシークレットルアー、リグは存在する。市販品の中から本当に釣れるルアーを探し出すのは実際、至難の技である。金と時間を掛けて一つ一つ試して行くしかない。そうして探し出したルアーやリグは個人的には何物にも代え難い貴重な物である。

  アングラーは、プロでなくても人よりも多くの魚を釣りたいと願っている物である。下品な言い方をすれば「隣りで釣りしている奴(赤の他人含む)には負けたくない」と強く祈念しているものなのである。誰も釣れていない中で一人爆釣というのはアングラーなら誰しも夢見ることあろう。そのためには釣れるルアーは「俺だけが」知って、使っている物でなければならないのである。

  もっとも、人からシークレットルアーを教わったら無茶苦茶釣れたという経験は、滅多に無い。というか、皆無である。これは要するに、そのルアーが釣れる為にはさまざまな条件が必要であり、それが分かっていなければどんなルアーも宝の持ち腐れなのだということなのであろうが、釣れるというのが単なる思い込みであったという説も無くはない。

  シークレットだと聞けば余計に知りたくなるのが人の性というものである。それを利用してトーナメントプロなどは「俺のシークレットルアー」と大々的に宣伝を行なうというような矛盾した行動をとる事もある。実際には、アメリカのトーナメントプロがシークレットにしている様なルアーというのは、30年も前のバルサ製のクランクベイトであったり、豆粒のようなクランクベイト、5年もので塩が抜け掛けたようなワームであったりするらしい。確かに誰にでも手に入るようなルアーではシークレットにはし難いだろう。また、アメリカのハンドメイドクランクベイトがシークレットベイトとして日本でとんでもない額で売られているが、アメリカのプロはあれを100個単位で購入してその中から気に入った動きをするもの(ほんの数個)を選び出してそれをシークレットにしているのである。そういう真似が出来ない我々が買ってもいいものに巡り合うのは難しいと思われる。

  僕にもシークレットなリグは無くはないが、それで釣れば当然釣行記には載ってしまう訳で、やはりシークレットの名には相応しくないと思う。ただしむしろ、そのルアーの使い方や投入するタイミングなどがシークレットなのであり、ルアーと使った場所は知られても構わないとも言える。

  この世知辛い世の中、ポイントにしろリグにしろ秘密に出来るような物は滅多に無い。小さな野池の場所がインターネットに公開されたら200kmも離れた場所からアングラーが駆け付けてくるようなご時世である。シークレットなフィールドが作りたかったら自分で池を掘るしかないかも知れん(そこにバスを放したら犯罪だが)。ルアーも自作すれば、それば確かに自分だけが使える特別なルアーとなり得る。ただし、それはもはや、シークレットではなくオリジナルである。

  アングラーは秘密を持ちたがる生物でもある。仲間からシークレットをこっそり話されると、同志的と言うか結社的な連帯感が生まれ、それもまた楽しいものである。ただし、仲間からシークレットなフィールドに案内され、期待ほど釣れなかったとしても、あからさまにがっかりした顔をしてはいけない。




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