伏せろ!

  迷彩服という奴がある。一昔前、かなりのアングラーがこれを着てバス釣りをやっていた。そのころバス釣りを始めたばかりだった僕は「バス・アングラーにはコンバットマニアが多いのだろうか?」と不思議がった物である。

  もちろん、真相は違う。迷彩服を着て周囲に溶け込めば、水中のバスに自分の姿が察知され難くなる、という理屈をどこかの有名アングラーが言ったとか言わないとかが真相らしい。それなら護岸の場所では逆に目立ってしまうのでは?とも思ったものだが、最近ではすっかり迷彩服を見なくなったのはその辺りに原因があるのかもしれない。

  水中のバスはアングラーを見ている。これは当たり前の事である。アングラーからバスが見えるのなら、その逆も道理だ。バスがアングラーをどの程度まで認識しているのかは分からないが、少なくとも人間が水辺に立って良い事などある筈が無いと考えている事は確かである。

  余談だが、学校の池の鯉が手を叩くと寄ってくるように、管理釣り場のバスも地面をドンドンと叩くと、餌をもらえるかと思って寄ってきた。なかなか、連中の知能も馬鹿にしたものではない。

  バスが人間を歓迎していない以上、アングラーの存在を認識したバスたちが警戒体勢に入るのは当然だ。つまり、バスに見られてしまった時点で、そのバスを釣れる確率はかなり下がってしまうということなのである。

  そこで重要になるのが、バスに気づかれずに水辺に接近する技術。いわゆるストーキングということになる。これに優れているかどうかは、特にオカッパリアングラーには大きく釣果に関わってくる。

  最初に考えるべきはやはり服装である。迷彩服も悪くは無い筈だが、茶色や水色といった周囲に溶け込み易い色の服が良いらしい。まずいのは真っ白な服で、光を反射するので良くない。黒は一見逆に目立ちそうだが、光を吸収するので悪くない様だ。ただし、黒は雀蜂の標的にされ易いと聞いた。経験上、赤い服を着ていると釣果が良くない。光の反射度でいったらそれほど悪くない筈だが、それ以上にバスを刺激してしまうようなのだ。

  バスは、動く物は良く見えるようだ。ぼんやり浮いていやがったくせに、キャストしようと腕を振り上げたら、一目散に逃げてしまったなどということはよくある。故に、バスに接近する時はゆっくりゆっくり動いた方が良い。バスと目が合ったら、完全に動きを止め、バスが「気のせいか」と思うまで待つ。水辺に影を落すのは最悪で、釣りをする際には太陽の位置をスナイパーの如く把握しておかなければならない。

  バスは目よりも耳(?)の方が良い様らしい。水辺に接近する際には足音には十分注意した方が良い。渓流師の間には「岩魚足」という言葉がある。岩魚いう魚は警戒心が強く、川砂利が「コロン」とでも音を立てようものならまず釣れない。抜き足差し足、細心の注意をはらって音を立てない様にポイントに接近する必要があるのである。ロッドを振りぬく時の音にさえ注意しているアングラーもいる。バスだって同じ魚類であるからには同じ様に気を使うべきであろう。

  バスは、かなり水辺から離れた場所までを見通せるらしい。これは、光の屈折率と関係があるらしいのだが、面白いのは、水辺から5m離れた場所に立っているよりも、2mの所でしゃがんでいた方が見え難いらしいということである。某有名アングラーは匍匐前進で水辺に接近するそうだが、滑稽に見えてこれは理に適っている。

  さて、ここまで偉そうに書いてきたが、なんの事はない、実は僕はこのいわゆるストーキングが下手糞なのである。のそのそ水辺に近付いて、よくキャナピーに怒られる。それというのも僕は目が悪く、かなり近付かないと水中のバスが見えない。僕が見える頃には、とっくにバスに気が付かれているという寸法である。いろいろ試してみて、僕のように不用意な生物が老獪なバスを出し抜くなど、所詮無理な話であると悟った。故に僕は見える範囲内にいるバスは「釣れないバス」と見切り、それ以上の距離にいるバスを釣る事にしている。しかし、そんな事ではやはりてんでダメダメである。

  それではどうするかというと、僕は出来得る限りゴムボートを繰り出して釣りをする事にしている。バスというのは面白い魚で、水中に生きているくせに陸上に並々ならぬ興味があるらしい。つまり、大抵のバスは陸地の方ばかりに注意を向けているのだ。故にバスに陸地から接近するのは一苦労なのである。しかしこれが、背後からボートで接近すると、接近しても意外なほど気づかれない。ストーキングが下手だと悟ったなら、ゴムボやフローターを導入するのも一つの方法であろう。

  殊に狭い野池でオカッパリする場合、少ないポイントからバスを抜くにはどうしてもストーキング技術が必要である。不用意に水辺に近付いた瞬間、水面を揺るがせて逃げて行くビッグバスを見たりすると痛切にそう思う。

ただしこのご時世、迷彩服にサングラスで、早朝のリザーバーで匍匐前進などしていたら、どこかのテロリストと間違えられて警察に通報される可能性も無いとは言えない。

 




TOP