遠征の幻想

  はっきり言えば僕は恵まれた場所に住んでいる。

  歩いて5分の場所にバス釣りの出来る池が有ると聞けば東京のバサーは嫉妬で悶絶するだろう。田舎のささやかな特権である。

  しかしながら、僕は週末になると遠征を敢行する。片道100kmも車を走らせて遠征することもある。朝起きるのは3時とか2時である。近所にもバスが釣れる池が有ると言うのに、しかもそこでは50UPさえ期待できる池だと言うのに、なぜにわざわざそんな遠い場所まで食えもしない魚を釣りに行くのか?

  あらためてそう問われれば自分でも首をかしげてしまうが、まぁ、要するに日常からの脱出と言おうか、男のロマンと言おうか、そんな理由だと思ってくれていい。もちろん目的はより大きなバスをよりたくさん、よりイージーに釣ることであることは間違い無いのだが、単純にそれだけが理由というわけではない。

  遠征先には秘境がふさわしい。長い林道の先に広がる小さな野池。朝霧に沈む広大なリザーバー。静かな水面にゴムボートを浮かべるだけで心の中がわくわく感でいっぱいになるような場所こそ日常から脱出する場所に相応しいではないか。

  もっとも、この世知辛い世の中、秘境などはほとんど残っていない。真っ暗な中現地に到着してみると既に先行者が何人も居るなどという場所ばかりである。オーバーハングには捨てラインがぶらさがり、バスは激スレ。夢も希望も無い。かくて遠征先は人が居ない場所を求めてどんどん遠くなって行くのである。

  個人的要望としては遠征するならボートを出したい。その方が、非日常的要素が高くなる。オカッパリだとどうしても足元ばかりを見て歩くことになり易く、どこに行っても同じ事ばかりし易い。水面に浮くと移動の最中などに景色を楽しんだり次々と代わって行くポイント毎に様々なルアーを投入したりしたくなる。水面に浮きながら弁当を食うのも気持ちが良いものだ。オカッパリも極悪な薮こぎをしていると、自分が水曜スペシャルの探検隊になったような気分にさせられて、これも非日常的な気分になる。

  この様にロマンに満ちた遠征の末、デカバスがばかすか釣れたという結末ならばめでたしめでたしで話は終わるのであるが、大概はそうはいかない。遠征するということは情報が少ないということである。良く知りもしないフィールドに行っていい釣りをしようなどというのはそもそも虫が好すぎる。殊に大規模なフィールドでは自分が一体何をしているのかも分からなくなってノーフィッシュということも良くある。同じフィールドに何度か遠征を繰り返し、次第にポイントやリグを絞り込んで行くのが常道と言えよう。通い込んだ末に、遂にキャッチしたデカバスには何倍もの価値がある。

  一番まずいのは、仲間が行ったら物凄く釣れた!という情報を鵜呑みにする事である。僕はこれで何度もひどい目に会っている。バスというのは時期と時合いが嵌まると物凄く「釣れてしまう」お魚である。この爆釣ゾーンに嵌まった仲間が夢のような釣りをしたからと言って、次に自分が訪れた時に同じパターンが嵌まることなど滅多に無い。むしろ前に来た仲間がいい釣りをしたのだから大放出タイムは終わったと考えてもいいくらいである。ちなみに、爆釣ゾーンは季節、時間の他、天気、風、水質、月齢、潮などの要素が絡み合って生まれる。これに人的プレッシャーや嵌まりリグ(もちろん腕もね)までが加わるのだから、やはりそういう時合いに出会えた仲間の幸運を賞賛しつつ妬むしかない。

  釣れない遠征ほど辛いものはない。貴重な休日、わざわざガソリンとタイヤと体力を消費しながら骨折り損の草臥れ儲けをしに行くというのはどう考えても馬鹿丸出しである。挙げ句に体調を崩して寝込むようなことになれば目も当てられない。しかしながらそれも男のロマンであると納得できなければ遠征など出来はしない。遠征の神髄は苦労に苦労を重ねた末に、貴重な一匹と出会う感動にある。その意味で言って釣れない時間が続けば続くほど釣れた時に味わえる感動が増す訳である。釣れないからといって腐ったり、遠征するのを躊躇ったりするようなアングラーはヒロイックで感動的な釣りとは一生縁が無く終わるであろう。…まぁ、そう思い込んでもいなければ何の反応も無い水面に向かって一日中ロッドを振り倒すという、バス釣りをしない人から見れば理解しがたいであろう難行苦行は出来るものではない。

  そんな訳で、毎週毎週週末になると夜な夜な起きて(1時2時は朝とは言えん)遠征に出かける訳である。しかし、シーズン中は疲れただの飽きただの言って遠征をサボることもある。ところがこれがシーズンオフになると甚大な後悔の基になる。「もっと釣りに行っておけばよかった!」とフラストレーションで身を焦がすことになり、それどころか雪の降りしきる中、撃沈上等を叫んで遠征したりする。

かような馬鹿をしないためにはシーズン中真面目に遠征して満足するまで魚を釣っておかなければならない。しかしながら、満足が出来るほど好い釣りが出来ることなど滅多に無く、出来れば出来たでその思い出が忘れられなくて釣りに行きたくなるので、馬鹿はなかなか止められない。




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