2000円号の事

 ボートが欲しい。
 バス釣りを再開した時から、僕にとってそれは切実な願いであった。
 僕はバス釣りで釣果を伸ばすには「人の行かない場所に行け!」という法則がある事に気が付いていた。つまり、とても余人の入れないようなエリアに侵入し、誰も投げた事の無いポイントにルアーを投げ込む事が出来れば、かなりイージーにバスを手にする事が出来るのである。
 その法則を体現すべく、僕は野生動物並みの薮こぎを敢行し、あまつさえウェーディングまで行い、人三倍ポイントを拡大する事に成功してはいた。
 しかし、限界はある。対岸のオーバーハング、沖のウィードポケット、ブレイクetc・・・。やはり水の上に浮か無い事には真のバス釣りは出来ん!
 そんなわけでボートを探し始めた訳なのだが、その時僕が心に思い描いていたのはもちろん、ちゃんとした(アキレスとかの)ゴムボートであった。ちなみに言うと、フローターはなんかおっかないのと、寒そうなので選択から除外していた(探し始めたのが冬だった)。
 しかしながら、ゴムボートはかなり高価である。「1万円くらいで無い物か」などとなめた考えで、僕は近所のショップやヤフオクを覗いていた。
 そんなある日の事である。僕は仕事で外出中、ラーメン屋で昼飯を食べた。その時、隣にリサイクルショップがある事に気が付いたのである。ちなみに、僕は以前からリサイクルショップを覗くのが好きだった。
 はいって、棚を冷やかしながら奥へ入って行くと、ふと、あるものに目が止まった。
 それは、なんかボクシングで使うサンドバックのようなものであった。裏返してみると何とゴムボートの絵が。ボートが畳まれてビニールのバックに入っていたのである。
 おお、ゴムボートじゃん。なんかちゃちい奴だけど触った感じはまぁまぁ厚手のビニールだし、安かったら買おうかな?そして値札を探すと、端っこの方にシールが。2000円。
 ・・・思わず即決。ちゃんと検定シールの張られたオールも付いていたし、同時に売られていたダブルアクションポンプ(1000円)も買い、これで水に浮ける!
 家に帰ってから膨らましてみると、まぁ、プールか海辺で浮かべるような代物ではあるものの(これはどう贔屓目に見ても疑う余地はなかった)、なかなか丈夫そうではあるし、2ポジション(二人乗り)と書いてある。はっきり言うと、この頃の僕らは今よりもかなり分かっていなかった。何と無謀な事に週末、僕と弟はこれに二人乗って水面に漕ぎ出したのである(告白すればライジャケも着ていなかった!)!ご承知の通り、ボート用語で2ポジというのは辛うじて二人乗れるという意味である。二人乗りで釣りが出来るという意味では断じてない。
 体育座りで膝がぶつかるような状態で僕らは釣りを始めた。竿を振る事さえ窮屈である。しかし、僕は(弟はすぐに嫌になったようだが)「これはすばらしい!」と思った。
 なにしろ、ずっと指をくわえて見ていた葦やオーバーハングが簡単に撃てるのである。それに水面に出るということはそれだけでわくわくするではないか。そしてこの時、僕はもう一つの重要事項に気が付いた。それは、そこら辺の何でもない岸が実に「おいしそう」に見えるという事である。ほんのちょっとした出っ張りや枯れ草が、実は十分バスの付き場に成るであろう事を発見したのである(今更気が付いたのかという話もあるが)。更にバスを掛ければ目線が水面に近づく事によって迫力あるファイトが楽しめた。僕は正直言ってボートで浮く事がこれほどバス釣りを変えるとは、実際浮いてみるまで思いもしなかった。
 この日以来僕は2千円号でいろんなところに浮いてみた。何しろ手軽に膨らませて片手で担いで持っていき、ぽんと浮けるのである(バルブが小さいので片づけは大変だったのだが)。深いと思い込んでいた場所が浅かったりノーマークだったポイントに倒木が沈んでいたりして、通い慣れた池なのに新たな発見があった。もちろん、シーズンになってそこで釣りをする際に非常に役立ったのは言うまでもない。
 そんなある日、とある池で浮いた時の事。僕はブッシュの中にキラっと光るものを見つけた。ボートを寄せてみると、それはなんとあのジャイアントドッグX!よく探すとその側にはドッグXコアユが!…おお、合計金額3000円オーバー!なんとボートの元を取ってしまった!なるほど、浮く事にはこのような利点もあるのだと気が付いた僕はそれ以来浮く時にはブッシュ回りで目を皿の様にしてルアーを探すようになったという。
 シーズンに突入してもしばらくはこのボートで釣りをしていた。その後、6000円号を発見して代替わりし、2000円号は不要になったのであるが、「ちゃんとしたゴムボート」である2万円号、スーパーゴムボートである1万円号を手に入れた今も、2千円号は大事に保管してある。
 僕に、水面からの釣りを仕込んでくれた恩艇であるが故に。



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